【続報】「中心市街地」対「大型SC」――秋田市

 
(追記(2012/10/24)あり。)

前に書いた、本ブログの「戦いは終わらない――「中心市街地」対「大型ショッピングセンター」」の記事の【続報】です。

イオン:出店計画 秋田市広小路商店街組合「協議に応じるな」 県などに要望書 /秋田」(毎日新聞、2012年10月20日坂本太郎)より。

 イオングループイオンタウン千葉市)が秋田市外旭川で計画している大規模複合商業施設の出店について、反対する秋田市広小路商店街振興組合(佐々木清理事長)は19日までに、秋田市と県、秋田商工会議所に対し、イオン側との協議に応じないよう求める要望書を提出した。

 要望書は出店計画を「秋田市商業の崩壊を招く」と批判。市、県、商議所に「一切の協議に応じることなく『門前払い』を徹底的に貫いてほしい」と求めている。中通一丁目の再開発にも触れ「多額の投資で『なかいち』(エリアなかいち)が産声を上げ、官民あげての努力の真っ最中、まともに取り合うことは経済的暴挙への加担」と訴えている。

 佐々木理事長は「イオンモール御所野店(イオンモール秋田)が開店してからボディーブローのように打撃を受けてきた。同じようなことが繰り返されたら破局的な事態だ。中通一丁目の再開発にも矛盾する。街づくりそのものがだめになってしまう」と主張した。

(詳しい事情は、上記の本ブログの「戦いは終わらない――「中心市街地」対「大型ショッピングセンター」」の記事参照。ついでに、本ブログの「【車載動画】秋田市の中心市街地」の記事も参照。)

うーん。

ま、前に(僕の)別ブログの「Kinkyo-2」の記事で、「(前略)たとえば「駅前商店街」が栄えたのは、鉄道駅ができたからである。そしてその歴史が誕生した。それは同時に、駅前商店街はそれ以前の(旧)街道の商店街を壊滅させた、という歴史でもある。」と書いたのだけど、秋田市中心市街地(秋田駅前の商店街)も、まさにこの歴史です。「秋田駅」の開業は1902年(明治35年)なのだけど、秋田駅前には大日本帝国陸軍(歩兵第十七連隊)の施設が占めていたので、秋田駅前が中心市街地(商業地)として栄えるのは、実質的には「戦後」に入ってからなのです。つまり、たいして歴史はないのです。秋田駅の駅ビル「トピコ」が開業したのは1961年です。その他の秋田駅前の百貨店が開業したのは1980年代です。つまり、秋田市中心市街地(商業地)が栄えたのは、実質的には“束の間”の出来事でしかないのです。また、前に本ブログの「コンパクトシティの正しい答え――中心市街地の再生は諦めて、住宅地にする」の記事の注釈1で、「交通史観が示唆する市街地活性化の行く末」(大和総研、2010年7月14日、鈴木文彦)から、「(前略)底流には河川から鉄道へ、そしてバイパスを経て高速道路に至る主要交通路の変遷があった。」の部分を引用したのだけど、秋田市の旧市街地(商業地)は、現在の中心市街地よりも西側の河川沿い(旭川沿い)にあったのです。秋田駅前の中心市街地(商業地)は、前に本ブログの「医療と高齢化と中心市街地の再生――高松丸亀町商店街C街区」の記事(と本ブログの「【車載動画】高松駅〜高松西IC、高松駅〜屋島」の記事)で書いた、約400年の歴史を持つ「高松丸亀町商店街」とは全然、歴史が違うのです。ここは明確に区別しなければならないと僕は思います。

ちなみに、上記の(僕の)別ブログの「Kinkyo-2」の記事では、続けて、「車社会化された現代で駅前商店街が衰退したとしても嘆くことでもない(損するのは駅前の商店主=権益者であって市民ではない)とは言い切れないが、少なくとも今あるものの歴史の起点をどこにおいているかを知ることから、それが「物語」でもある可能性に気づく必要はあるだろう。」と書いています。

いずれにせよ、「一切の協議に応じることなく『門前払い』を徹底的に貫いてほしい」、「まともに取り合うことは経済的暴挙への加担」という姿勢はどうなんでしょうね。ま、とりあえず、以上です。ではまた(超ドタバタ)。

(メモ。「『超』を付けるのはもう古い!?  古い人間だと思われそうな死語予備軍」(マイナビニュース、2012年10月16日)も参照(ワラ…)。)

【追記】

上記のニュースのタイトルでYahoo! リアルタイム検索をしてみた。このニュースの反響を、いくつかピックアップしておきます(下記)。

Twitterdaosaji_light(ダオライト
そう言って廃れた都市(笑)があるのにまだそんなこと言ってるのかよ

megane_89(めがねっしゅ)
何回イオンという劇薬を飲めばええんや・・・おおもう・・・

斉藤 一矢(Facebook
なかいち側から言えば売り上げ減るから来るな?イオンに文句言ってもね。世の中競争社会っすよ。ナンセンス(^^)

Masa64bits(迷走)
イオン来ると街がシャッター通りになって寂れますからね。岡田副総理!地方商店街の振興を阻害しているのアナタの実家ですから!

banuatu(ばぬあつ)
なかいち自体が失敗だろ・・・

tabikarasu0217(鴉天狗)
確かに。我が家の近くにイオンが有るが、近所の商店街に行くよりはイオンに行くもんなぁ。 昔はダメダメだったけど、企業努力の成果かね? d( ̄▽ ̄)

中川 晃次(Facebook
秋田の人々はイオンへ行くという一般的なライフスタイルを送るという自由はないのか? という議論もたてられるわけで。

tarot_1203(たろっと2号)
御所野にも有るし二軒も要らない気が。

(二軒あると、中心市街地を「挟める」形になるのです。詳しい事は、本ブログの「戦いは終わらない――「中心市街地」対「大型ショッピングセンター」」の記事参照(「イオンの“あくどい戦略”」)。)

dendentown(日本橋ショップヘッドライン / ぽんタブ)
イオンの肩を持つ気はさらさらないのだが、こんな時代錯誤な方法でまだ抵抗できると思っている商店街があるとは…

masa_590(何時でも眠い…zzz)
申し訳ないけど、こういう事を言い出す商店街は、大手商業施設が出来なくても衰退する運命かと… 

hitotabisyou(夢幻の如くなり)
商店主の気持ちは分かるけど、協議に応じるなってのはちょっと違うんじゃないの?

IT25504489(起業IT)
イオン周辺とイオンへ行くまでの道の除雪をやめようぜ。

light2ch(ライト2ちゃんねる
ライト2ちゃんねる : 【地域経済】イオン出店計画 秋田市広小路商店街組合「協議に応じるな」 県などに要望書 [12/10/20] http://blog.livedoor.jp/light2ch/archives/19014419.html

以上です。

ところで、上記の「【地域経済】イオン出店計画 秋田市広小路商店街組合「協議に応じるな」 県などに要望書 [12/10/20]」(ライト2ちゃんねる、2012年10月24日)の「ID:8vIdqqs6」さんのレスが興味深い。(と言うか、僕の考えと同じです)。ま、とりあえず、引用しておきます(下記)。そのうち僕も詳しく書きます(時間があれば…)。

55.名刺は切らしておりまして 2012/10/22(月) 00:52:11.80 ID:8vIdqqs6
(前略)単なる「伝統的市街地の街づくり」問題とは、少々歴史的事情が違うんだよね。藩政時代の古地図と比較すればわかるが、秋田(久保田)城下町の、本来の町人町は川の向こう側で、(中略)広小路は商業とは無縁の武家町だった。それが、近代になって、秋田駅が町人町とは反対側に出来たため、街道の往来に依存していた旧来の繁華街から、商業機能を奪い取る形で、【ザ・駅前商店街】として成立した(中略)。平成のモータリゼーションならぬ「大正時代の【SLライゼーション】」で出来た「にわかの新興商店街」なんだ。だから、他の都市にみられるような、町人階層の商業文化の香りがせず、文化的強靭さが無いし、また、汽車という交通手段に全面依存した商店街だから、交通手段の主役が、蒸気機関車から自動車に移行し、秋田駅が、秋田新幹線以外の手段としては用済みになってしまえば、まさに因果応報であって、同じことを他地域にしてやられることになる。こういう、「地方なのに【ザ・駅前】」という繁華街は、モータリゼーションに対して極端に弱い。「大正時代のイオンモール」に過ぎなかったのだから、これは仕方ないことなのだ。

73.名刺は切らしておりまして 2012/10/22(月) 01:10:10.31 ID:8vIdqqs6
(前略)そろそろ、「鉄道駅前=市街地中心部」という、大正昭和の神話の洗脳を解いたほうがいいと思う。その都市名のついた「中央駅前」は、よく調べると、大正から昭和初期に繁華街になった、当時の新興繁華街であることがよくある。数百年来の都市中心部は、駅とはまったく別の場所にある。こういう都市では、ザ・駅前と、旧来の中心街では、老舗の厚みも、商業文化の香りも、祭礼の伝統も、比べ物にならないほどの差がある。地方都市の文化を味わう観光をしたいなら、「旧来の中心街一択」というのが、当然の選択になるはずだ。

391.名刺は切らしておりまして 2012/10/22(月) 22:19:16.21 ID:8vIdqqs6
(前略)だからこそ、俺は、「由緒正しい旧中心市街地」と「ただの浅薄な【ザ・エキマエ】」は区別しろ、と繰り返し書いているんだ。前者は、文化の底力で生き残る可能性がかなりあるし、実際に、町おこしが成功している例もいくつかある。だが、後者は全くダメなのだ。もともとが新興の繁華街だから、さらに新しい業態が生まれると用済みになる。

369.名刺は切らしておりまして 2012/10/22(月) 21:03:08.65 ID:8vIdqqs6
だからさ、秋田市広小路は、しょせん、「大正昭和時代のザ・駅前ショーテンガイ」なんだよ。自らが、鉄道駅開業とともに、鉄道の利便性に全面依存して、真正の中心市街から繁栄を奪い取って成立した、新興商店街だった。所詮その程度の商店街なのさ。今回は同じことを、自動車交通に依存する郊外のジャスコロードサイド店舗群に、そっくりそのまま、してやられているだけ。単なる万物流転・因果応報の結末にすぎない。ここが死んでも、秋田の真正の古い市街地の伝統的商業文化が壊れるわけじゃない。(後略)

関連して、上記の「交通史観が示唆する市街地活性化の行く末」(大和総研、2010年7月14日、鈴木文彦)を参照。それと、本ブログの「コンパクトシティの正しい答え――中心市街地の再生は諦めて、住宅地にする」の記事と、「戦いは終わらない――「中心市街地」対「大型ショッピングセンター」」の記事で引用した、「第220回 コンパクトシティ時代における“中心市街地”の新たな役割〜中心志向から脱却し“住まう街”へ」(大和総研、2012年9月26日、鈴木文彦)も参照。三度引用するとw、「(前略)商業地の尺度をもって中心市街地の衰退と認識するのは早計だ。(中略)かつての中心市街地は衰退し滅びるわけでなく、郊外を取り込み拡大した都市圏の一部分として生き残るだろう。(中略)かつての中心市街地は「住まう街」としての新たなポジションを獲得するからだ。このような未来観の基に「コンパクトシティ」を計画すべきである。言い換えれば、時代の流れに逆らってまで都市圏の中心性に拘泥することはやめようということだ。」です。あと、「秋田郊外に超大型店舗 イオンタウンが建設計画」(河北新報、2012年10月24日)*1のニュースも参照。ではまた(ドタバタ…)。

*1:秋田郊外に超大型店舗 イオンタウンが建設計画」(河北新報、2012年10月24日)のニュースのYahoo! リアルタイム検索も参照。このニュースの反響を、いくつかピックアップすると、「どーなる?秋田。。(中略)イオン信者には嬉しいけど秋田市街地のなかいち大好きだから複雑だ(*_*;」(panda806)、「そっちの方に作るのかー。」(Ko_WaTa)、「ほう。」(hachi019)、「こういうことを大手にしてもらうんじゃなくて秋田でがんばってる地元の企業があつまってできればよかったんじゃないですかね?秋田美人とか言ってる前にさぁ。(中略)エリアなかいちせっかくつくったのにまたイオンに客とられるよーぷんすか!みたいな雰囲気なのかそれとも秋田にまたでかいモールできるよやったー!それに観光アピールもできそうだよラッキー!なのか、秋田にいないからそこらへんの反応わかんないな。」(pipipi1010)、「これを認めたら、秋田市中心街は完全に死んでしまう!認めたら大変なことになる!」(ys11propjet)、「土崎に作るの?秋田南インター付近にも御所野イオンあるのに…」(7lovery)、「駅前・マチナカの復活が最優先課題のいま、郊外開発は止めて欲しいね。これが出来たら秋田市の街は完全終了。」(blackcat_rc)、「大型ショッピングセンターが郊外に出来ると市内の商店はきついだろうなあ。観光農園など市内につくれないものならいいのだが。こうして大型資本に淘汰されていくのか。」(yy8739)、「都市計画が市町村レベルに権限移譲されるなかでこの話題。コンパクトシティvsメガ資本。注視しなきゃいけない問題だよな…。(中略)これやったらマズいだろ…って思わないイオンという会社も凄い。コンビニを商店街に出すようなノリでメガモールを出すとか…そろそろ焼き討ちにあってもおかしくない。(中略)イオンのコレは明確にマスタープランを無視して独り勝ちを狙ってるわけで、ただじゃ済まないですよ。」(paraliner)、「厳しいと思います。ただ、秋田には大手が規制を解除させる手間を掛けたとしてもGOサイン出せる程、お客を呼べる魅力があるという証明にはなると思います」(hokutow)、「これはコンパクトシティを目指す市の方針には合わないだろうし、もろもろどうなんだろう。」(styro_foam)、「ファスト風土が日本の地方文化になってしまうときが来るのか。やだな(´;ω;`) 」(a0i0a)、、「イオン作りすぎじゃない?」(市川 喜巳)、「イオンと商店街の押し問答で、置き去りにされる市民。イオンは商売の話は抜きで、市民生活を向上させる意志があるのか? 市は本気でコンパクトシティをめざす覚悟ができてるのか? 本音で議論してほしい。」(h_a_a_t)