「コンパクトシティ」が都市を滅ぼす――暴走する国土交通省(PART2)、そして何もなくなった

先月、地方都市で医療施設や商業施設を街の中心部に集めて「コンパクトシティ」を推進する「改正都市再生特別措置法」が成立した。エリート揃いの総務省とは違って、どうやら国土交通省には頭の弱い人しかいないようだ。国家官僚らは論理とシビアな現実認識を重んじなければならないのに、国土交通省は「コンパクトシティ」にセピア色の夢を見ているようだ。だが、そろそろ起きたほうがいい。

ちなみに、僕は「改正都市再生特別措置法」が成立した翌日に「都市集約によって市民は困窮する――国土交通省の「改正都市再生特別法」の非情」という記事をブログに書いた。タイトルに入れた「暴走する国土交通省」のPART1はこの記事だ。他にも「「コンパクトシティ」の創設は税金の無駄遣いである」という記事も書いている。

さて、約1年半前の話からしよう。これは秋田市で現実に起きている、せつなくて悲しい話である。2012年9月、イオングループの「イオンタウン」が秋田市の郊外に大型ショッピングセンターの出店を計画していることが明らかになった。この計画に秋田市の中心部(秋田駅周辺)の商店街が反対したのは言うまでもない。

更に、秋田市は郊外の開発を抑制して中心部に各種施設を集める「コンパクトシティ」構想を掲げていた。この「コンパクトシティ」構想の中核となる施設の一つが市の中心部に15年の歳月と135億円の事業費(そのうちの約110億円は公費)をかけて建設した「エリアなかいち」であった。この施設には店舗(中核テナントは「サン・マルシェ」)、美術館、交流館、広場、住宅、駐車場等があり、2012年7月に開館したばかりであった。この施設の事業主体である再開発組合の理事長は、郊外に「イオンタウン」が建設されたら客足が奪われるとして、秋田市にこの計画を許可しないよう要請した。この計画は現在も頓挫したままである。

だが、事件は半年前に起きた。2014年1月、「エリアなかいち」の商業施設の中核テナントである「サン・マルシェ」が賃貸借契約を解除して撤退する意向を表明したのである。売り上げが伸びず、赤字が続いていたからである。そして「サン・マルシェ」は同年3月末に撤退した。代替テナントはまだ決まっていない。更に5月中旬には青果店鮮魚店等のテナントの撤退も相次いで、売り場の空きスペースは約4割にも達した。そして昨日(2014年6月4日)、「エリアなかいち」を管理・運営する会社の社長ら非常勤取締役7人が揃って辞任したのであった。

要するに、秋田市の「エリアなかいち」は青森市の「アウガ」の二の舞になったのだ。青森市も「コンパクトシティ」構想を掲げていて、この構想の中核となる施設の一つが市の中心部に建設された「アウガ」であった。だが、思うように客足が伸びず、2008年に事実上の債権放棄に陥った。秋田市青森市と同じ失敗を繰り返しているのである。

これが秋田市で現実に起きている、せつなくて悲しい話である。ポイントをまとめると、秋田市は市内の郊外に建設されるはずだった大型ショッピングセンター(「イオンタウン」)の出店を許可しなかったにも関わらず、街の中心部の活性化(「コンパクトシティ」)の切り札であった施設がわずか2年も経たぬうちに失敗した、ということである。つまり、秋田市の市民は何も得ていないのである。「イオンタウン」も「コンパクトシティ」もどっちも得ていないのである。このままでは秋田市は全てを失うことになるだろう。「そして何もなくなった」では遅い。秋田市は「コンパクトシティ」を諦めて「イオンタウン」の建設を許可するべきである。国土交通省の言いなりになる必要はない。


(画像を追加した。2014/6/6)


Google ストリートビュー(撮影日:2012年10月)より。

都市集約によって市民は困窮する――国土交通省の「改正都市再生特別法」の非情

 
国土交通省の暴走だな。

改正都市再生特別法が成立 病院など都市集約後押し
日本経済新聞、2014年5月14日)

 地方都市で病院や商業施設を街の中心部に集めるよう促す改正都市再生特別措置法が、14日の参院本会議で可決して成立した。容積率の緩和や税財政面の優遇措置を通じて、郊外から中心街への施設の移転をめざす。公共交通網の再編をしやすくする改正地域公共交通活性化・再生法も同時に成立。人口減や財政難に直面する地方で持続可能な街づくりを後押しする。

 改正都市再生特措法では、市町村が街の中心部を指定し、施設の立地を促す仕組みをつくる。具体的には、医療・福祉施設や商業施設などを集める「都市機能誘導区域」を決め、容積率の緩和や税制優遇、補助金制度で郊外からの移転を促す。(後略)

病院なんて都心よりも郊外につくったほうが安く済むのに、わざわざ都心につくる政策を立てるなんて国土交通省はどうかしている。財政難なのに、わざわざコストのかかる政策を立てるなよ、と言いたい。商業施設だって、都心よりも地価の安い郊外につくったほうが商品の価格が安くなるのに。「都市集約」によって市民は高い家賃と高い生活費を負担しなければならなくなる。

高い家賃と高い生活費を負担できる所得層にとっては「都市集約」されたコンパクトシティは理想的な環境かも知れないが、負担できない人々は、行き場を完全に奪われる。

昨年の夏、『エリジウム』という映画が公開された。これは2154年の近未来を描いたSF映画で、人類は2つの世界に分断されている。富裕層は「エリジウム」と呼ばれるスペースコロニーに居住し、貧しい人々は荒廃した地球に暮らしている。「都市集約」されたコンパクトシティとは、この「エリジウム」に他ならない。

*1

ところで、BLOGOSに良い記事があった。「子どもを育てにくい日本が人口減少するのは当たり前 〜若者・子育て支援に求めるもの〜」(藤田孝典、2014年5月15日)である。一部引用すると、日本では「子どもがいる子育て世帯は、子どもを育てること自体が困難な状況に追い込まれている」のに対して「欧州では大学授業料が無料であったり、(略)また、住宅も公営住宅が安価で相当数提供されており、住宅ローンの返済に苦しむ国民が日本ほどいない」「当たり前の政策が日本にはない」とのことである。

当たり前の政策が日本にはない。

「改正都市再生特別法」には市民への住宅政策(安価な公営住宅の供給)がない。

おそらく日本にあるのは「土建体質」だけだ。

国土交通省が「都市集約」にこだわるのも、都心に「ハコモノ建築」を建てられるからだ。

あと、もう一点。大体だけど、現在の人口が30万人以下の都市と、人口が50万人以上の都市では、都市政策は正反対のものになるだろう。というか、都市の人口規模に応じた現実的な政策を立てなければ意味がない。国土交通省の「改正都市再生特別法」がこうした区別をきちんと踏まえているかどうかが気がかりである。全国の都市を一律の基準で法制化することにそもそもの無理がある。地方分権を真剣に考えたほうが良いだろう。

*1:僕がTogetterにまとめた「コンパクトシティはエリジウムだ」も参照。

【子どもでも分かる】モダニズムって何?

 

前回の「抽象絵画って何?」に続いて、今回は「モダニズム」について説明します。

モダニズムとは、19世紀の中頃にヨーロッパで実際に起きた歴史的な事実(エピソード)なのですが、それが何であったのかは実はまだはっきりとは分かっていません。なぜなら、モダニズムは歴史的にみて前例のない、極めて特殊なものであるからです。

また、モダニズムが実際にいつ始まったのかを言い当てるのも簡単ではありません。ま、大ざっぱにはモダニズムとほぼ同時期に始まった自然主義(19世紀末〜)やその直前のロマン主義(18世紀末〜19世紀前半)と、その延長であれその革新であれ、何らかの関係はあるのでしょうが、実際にはモダニズムは異なる時期に異なる芸術において、ややこしいかたちで出現したのです。でも、場所だけははっきりしています。モダニズムの発祥地はフランスです。前回の記事でとりあげた作曲家のドビュッシーはフランス人ですね。

では、モダニズムの定義は何でしょうか。実はこの答えも簡単ではありません。なので、モダニズムを定義するというやり方はおいといて、直観によって、即ち、モダニズムの「絵画」から説明することにします。では、フランスの画家のマネの代表作「オランピア」です(下図)。1863年の作品です。


エドゥアール・マネオランピア」、1863年の作品)

ちなみに、この絵画はスキャンダルを(性的な意味で)巻き起こしましたが、マネがこのような猥褻な絵画を描いたのは「草上の昼食」とこの「オランピア」の2点だけです。本題はそこではありませんからね。この絵画の衝撃は「メディアムの処理」にあるのです。「メディアム」については、前回の記事で既に説明してあるのですが、「メディアム」とは「絵の具」等のことです。ですので、「メディアムの処理」を分かりやすく言い換えると「絵の具の使用法」です。マネが描いた「オランピア」の衝撃は「絵の具の使用法」にあるのです。

そのことは、この絵画の元ネタであるイタリア・ルネサンスの絵画の「ウルビーノのヴィーナス」と比較すると一目瞭然です。マネが描いた「オランピア」では「絵の具」がベタッと平面的に塗られていることが分かるでしょう。マネ以前の絵画では「陰影法」や「遠近法」等が使われて立体的に見えるように描かれていましたが、前述したようにマネが描いた絵画はベタッと平面的です。それはなぜか。前回の記事でも書きましたが、絵画のメディアムは「絵の具」の他にもう一つあります。「キャンバス」です。言うまでもなく「キャンバス」は平面です。だから、マネが描いたこの絵画はベタッと平面的なのです。

もう少し詳しく説明すると、前回の記事では、メディアムの「限界」や「扱いにくさ」を受け入れた絵画は「純粋」である、とも書いているのですが、マネが描いたこの絵画では、絵画のメディアムである「キャンバス」が平面であることを受け入れたからこそ、「絵の具」を平面的に塗っているということです。よって、この絵画は「純粋」なのです。マネ以前の絵画では「キャンバス」は平面であっても、その中に描かれるものは立体的に見せよう(キャンバスが平面であることを隠そう=不純)としていたこととは対照的なのです。マネが描いたこの絵画は「根本的に新しいもの」として世に現れたのです。

さて、この絵画の衝撃は「メディアムの処理」にあると書きましたが、実はこの「メディアムの処理」がモダニズムの起源なのです。つまり、モダニズムの定義は二の次だったのです。モダニズムとは「言葉」ではなく「物」と「技術」そのものなのです。例えば、最近、多くの建築家や建築学生がスチレンボード製の建築模型を使ってスタディしたり(模型という建築)、CADを使って新しい建築表現を追求する(コンピュテーション)という取り組み方をされているけど、それが「モダニズム」なのです。

美術評論家クレメント・グリーンバーグは、モダニズムについて、「モダニズムは、まず技術、最も直接的で具体的な意味でいう技術によってその存在を何にもまして明示した」と述べています。更に、「このことこそ、マネが絵画であれ、その他の芸術であれ、どの同時代人よりも決定的に当時の慣例を打破したということなのである」と述べています。つまり、「物」と「技術」へ深く取り組むことによって、真に新しいものが生まれる(可能性がある)というわけです。グリーンバーグは、マネの「オランピア」が実際にそのようにして描かれたという歴史的な事実(エピソード)に基づいてこのように述べているのです。逆に言えば、それ以外にモダニズムを語る方法はないのです。

そして、グリーンバーグは「あらゆる芸術において、そのメディアムで起こったこと、私はこれこそがモダニズムの起源を確定するのに最も重要であると考える。モダニズムを美的質の革新とし、それによって自己が正当化されたのは、メディアムの直接知覚できる実体の革新による。そうした革新を離れてしまえば、モダニズムは消散する」と述べています。つまり、モダニストはメディアム(物)から離れてはならない、直接的でなければならない、手を動かせよw、ということです。もちろん、前回の記事で書いたジャクソン・ポロックのように体を動かしてもいいでしょう。いずれにせよ、規範となる世界を先において、その模造物(またはイリュージョン)をつくろうとすることはやってはいけません。それは時の「静止」を意味します。それに対して、モダニストはいつも「動いている」のです。ただし、その行き先は誰にも(グリーンバーグにも)分かりません。

でも、幸いにして、創作活動を絶えず行う芸術家にとっては、安定したもの(確実なもの)があるのです。それが「メディアム」です。先ほど、1860年代初めにマネが描いた「オランピア」の衝撃について書きましたが、マネに続いて現れた印象派の画家たちは、このメディアムの中へと深く没入し、紛れもないモダニズムの芸術を次々とつくり出していくのです。(印象派については、前回の記事も参照。)

では最後に、その印象派の画家のモネの代表作「印象・日の出」です(下図)。1873年の作品です。マネが描いた「オランピア」よりも、更に「キャンバス」の平面性と「絵の具」の扱いにくさが強調されていることが分かるでしょう。繰り返しになりますが、絵画のメディアムは「キャンバス」と「絵の具」です。この絵画では「メディアムの処理」がより一層、深く探究されているのです。これが「モダニズム」なのです。


クロード・モネ印象・日の出」、1873年の作品)

というわけで、説明は終わり。

…といいたいところですが、疑問があります。「なぜモダニズムの起源は絵画だったのか」と「なぜモダニズムは世間にスキャンダラスな出来事として受け止められ、あれほどまでに激しい抵抗を受けなければならなかったのか」の2つです。後者については今でもよく分かっていないのですが、前者については、おそらく絵画には「差し迫った事情」があったのだと考えられます。そして、この「差し迫った事情」は他の芸術にはありませんでした。

19世紀では文学や音楽は(モダニズムに関係なく)盛況でした。彫刻はそれらとは対照的に完全にオワコンでした(むしろ彫刻はモダニズムによって再活性化した)。絵画を襲った「差し迫った事情」とは19世紀にカメラ(写真機)が発明されたことです。それまでの絵画は写実的な肖像画とかを描いたりして絵画というジャンルを形成していたのですが、その役割が不要になったのです。

それと、もう一つの理由として、絵画は芸術の他のジャンルと比べてメディアムを分離しやすかったということがあります。絵画のメディアムは「キャンバス」と「絵の具」でかなりはっきりしていますが、他の芸術ではそれほど簡単なことではないのです。文学では何がメディアムで何がそうでないのかを区別することは容易ではありません。文学からメディアムだけを取り出すのは不可能な理想でしょう。19世紀のフランスの文学でも(フローベールボードレールゴーティエも)、マネ以前に「メディアムの処理」については一度も言明していません。*1

音楽では文学とは対照的に全てがメディアムであると言えるのですが、同時に全てが内容でもあるのです。建築では機能が求められるので、メディアムの問題は二の次になります。更に、グリーンバーグの考えでは、建築は例外で、他の芸術では伝統を継承したにも関わらず、モダニズムの建築だけは伝統と闘い、新しい伝統を開始しようとしたのだそうですw。その理由は、建築はメディアム自体が変わった(19世紀に建材が鉄・ガラス・コンクリートへ変わった)からではないかと考えられますが、どうなんでしょう。*2

終わり。

(参考文献:クレメント・グリーンバーグ著「グリーンバーグ批評選集」第1部「文化」-3「モダニズムの起源」)

*1:文学のモダニズムの起源は「芸術至上主義者」にあります。1857年にフローベールからボードレールに宛てた手紙に「あなたの著作について、何よりも私の好むところは、初めに芸術があるということです」と書かれています。そして、この「初めに芸術がある」ということ、即ち、「芸術のための芸術」(l'art pour l'art)であることがモダニズムなのです。ま、この話を掘り下げていくと、カントの哲学(自己批評性)に行き着くので、ここで止めますw。ちなみに、社会学者の稲葉振一郎氏は「社会学入門―“多元化する時代”をどう捉えるか」の第7講「モダニズムの精神」で、「モダニズムとは近代の自意識である」と説明しています。

*2:モダニズムの刷新への緊急性とそれに対する抵抗は、相互にまたがる問いでありながら、その答えもお互いの内に含まれている。モダニズムは、他の何にもまして伝統の委譲(devolution)を目指している。(…)その伝統とは常識的な合理性であり、表面的な自然の姿、そしたまた見かけ上普通が起る様子との一致である。ただし、遅れて始まったモダニズムの建築は例外と言えよう。というのも、それがルネサンスや歴史主義の復活に背いたのは、まさにその「不合理性」のためだったからである。そしてモダニズムの建築は、伝統を委譲したというよりは、むしろ突如として新しい伝統を開始した。」(「グリーンバーグ批評選集」、P.56-57)

【子どもでも分かる】抽象絵画って何?


芸術の秋ですねぇ。といっても「芸術はよく分からない」「とくに抽象絵画はさっぱり分からないから苦手」と思われている方は、少なくないと思います。というわけで、簡単に説明します。

まず、なぜ抽象絵画は分かりにくいのかといえば、それは芸術家が分かりにくいように描いているからですw。分かりにくくて当然ですね。では、なぜ芸術家は分かりにくいように描くのでしょうか。それは芸術を心で感じてもらうためです。分かりやすい絵画では頭で理解できてしまうので、心までは届かないのです。

というわけで、説明は終わりw。といいたいところですが、芸術を心まで届ける方法は、他にもあるはずです。べつに抽象絵画でなくてもいいのでは、と思われる方もいるかと思いますので、もう少し説明しましょう。

芸術はもちろん絵画だけではありません。文学や音楽なども芸術ですね。17世紀のヨーロッパでは、文学が芸術の頂点に君臨していました。一方、当時の絵画は比較的つまらない室内装飾みたいなものでした。そこで芸術家は絵画に文学の効果を取り入れようと試みたのです。ところが、これは失敗でした。絵画が文学の物真似をしても、結局は文学の「引き立て役」にしかなれなかったのです。

といっても、念のため、当時の芸術家の絵が下手くそだったというわけではありません。それどころか、むしろ上手でした。本物そっくりの写実的な絵画も描けましたし、文学の世界で表現されているようなファンタスティックなイリュージョンの世界を絵画で表現することもできました。それはあまりにも上手だったので、「キャンバスに絵の具で描いた」とは思えないほどでした。というか、芸術家はそのイリュージョンの世界の完成度を高めるために「キャンバスに絵の具で描いた」ようには見えないようにすること(隠すこと)に腐心したのです。それでも、しょせんは他の芸術の物真似なので、そこから絵画の新しい世界が花開くということはありませんでしたが。

しかし、19世紀に転機が訪れます。芸術の頂点に君臨していた文学の支配に反逆する芸術家が現れたのです。そのきっかけとなった原因はヨーロッパで起こった革命(1848年革命)の混乱とも言われていますが、19世紀についにアヴァンギャルド(前衛芸術)が登場するのです。

最初のアヴァンギャルドギュスターヴ・クールベでした。クールベブルジョワ社会ではなく労働者の絵を描いたことで知られているのですが、クールベの描いた絵画では文学のファンタスティックなイリュージョンの世界は完全に一掃されました。しかし、クールベの絵画は写実的で、まだ抽象絵画ではありません。アヴァンギャルドの活動は一挙ではなく少しずつ展開していくのです。

次のアヴァンギャルド印象派です。ご存知の方も多いでしょう。印象派は文学の代わりに科学を絵画に取り入れました。科学のような超然たる態度を持って、絵画の本質に到達しようとしたのです。印象派の絵画では自然を写実的に再現することよりも、色彩の本質が探究されました。少しずつ抽象絵画っぽくなってきました。念のため、クールベの絵画と印象派の絵画は全く異なっているように見えますが目的は同じです。繰り返しになるけど、どちらも文学の支配に対して反逆しているのです。

そして、最後に紹介するアヴァンギャルドクロード・ドビュッシーです。ま、作曲家ですけどw、ドビュッシー音楽界の印象派です。印象派(絵画)が色彩の本質に迫ろうとしていたのと同じように、ドビュッシーは音の本質に迫ろうとしたのです。そして、ドビュッシーの成果は偉大でした。そのため、絵画のアヴァンギャルドたちは、今度はそのドビュッシーの音楽の物真似をするようになるのです。嫌な予感がしますね、また失敗するのではないかと。

でも、今回は大丈夫でした。というのも、絵画よりも音楽のほうが抽象的であったからです。絵画のアヴァンギャルドたちは、音楽が究極の抽象芸術であるということを「発見」したのです。そして、絵画は抽象化の方向へ進めば良いということが分かったのです。また、音楽は感情以外のいかなるものも伝達できないという極めて純粋な芸術です。そして同様に、絵画のアヴァンギャルドたちはその音楽から引き出された純粋という観念に導かれて、文化史上例のない活動を展開することになるのです。そうして達成されたのが抽象絵画です。つまり、抽象絵画とは極めて歴史的なものであるということです。ま、見た目はチンプンカンプンかも知れませんがw、抽象絵画には絵画の歴史がDNAのように刻まれているのです。

というわけで、説明は終わり。といいたいところですが、更にもう一歩、踏み込んでみましょうw。さて、絵画の純粋性とは何でしょうか。

美術評論家クレメント・グリーンバーグは、それは「メディアムの限界を受け入れる」ことであると述べています。この「メディアム」という言葉は聞き慣れないかも知れませんが、「間にあるもの」という意味です(ちなみに、メディア(media)はメディウム(medium)の複数形です)。では、絵画のメディアムとは何でしょうか。それは芸術家と作品の「間にあるもの」のことです。つまり、「キャンバス」と「絵の具」です。

更に、グリーンバーグは「メディアムとその扱いにくさを強調すれば、直ちに視覚芸術の純粋に造形的、固有の価値が前面に現れる」とも述べています。つまり、絵画では「キャンバス」と「絵の具」の「その扱いにくさを強調すれば、直ちに視覚芸術の純粋に造形的、固有の価値が前面に現れる」というわけです。そのようにして現われている絵画は純粋であるとグリーンバーグは述べているのです。

なぜなら、その方法がかつて芸術の頂点に君臨していた文学から最も遠いところにあるからです。この記事の前半に書いたように、かつて絵画は文学の物真似をして失敗したわけですが、当時の芸術家は「『キャンバスに絵の具で描いた』ようには見えないようにすること(隠すこと)に腐心した」ことを思い起こして下さい。グリーンバーグが語る絵画の純粋性とまさに正反対の関係にあることが分かるでしょう。

最後に、20世紀のアヴァンギャルドの画家のジャクソン・ポロックの作品を紹介しておきます(下図)。これが抽象絵画です。これが純粋な絵画です。または、これが歴史的に正当な絵画なのです。この絵画へと導いたのは歴史なのです。ちなみに、グリーンバーグポロックを「いくら称えようとしても称えるための言葉が存在しない」と絶賛しています。

というわけで、皆さん、美術館へ行って「芸術の秋」を堪能しましょう! 芸術とは頭で理解するのではなく、心で感じるものであることは昔も今も同じですw。


ジャクソン・ポロック「Autumn Rhythm」、1950年の作品)

(参考文献:クレメント・グリーンバーグ著「グリーンバーグ批評選集」第1部「文化」-2「さらに新たなるラオコオンに向かって」)

シロクマ氏のロードサイド批判は「金持ちの自慢話」にすぎない

BLOGOSの「ショッピングモールより、まずは自動車、国道だ――ロードサイドの精神性について」(シロクマ氏、2013年10月3日)の記事を読んだ。これほど善良(リベラル)な読者を不快にさせる記事はないだろう。

ま、こういう論がつまらないのは、プライベートよりもパブリックのほうが優れているという自明性を読者に押し付けているからなんだよな。また、昔は、田舎の人は心が温かい、都会の人は冷たい、と言われていたのにな。いつ逆転したんだろう。田舎が都会化し、都会が田舎化している。

結局、都会か田舎かというよりは、例えば「住みよさランキング」で上位にきているような場所、つまり都会と田舎の中間の「郊外」が一番快適なんだと思うw。シロクマ氏は考えが極端なんだよね。

仮に都会が快適であるとしても、都会は地価が高いので一般性は持ちえないよね。それでも、都会での生活は素晴らしいと主張するのであれば、「金持ちの自慢話」に甘んじることを覚悟しなければならない。

ま、要するに、高度経済成長期になぜ「郊外化」が進んだかと言えば、都会の地価が上がったからなんだよね。なぜ通勤に1時間半以上もかかる場所に住んだかと言えば、そこしか買えなかったからなのであって、好んで長時間通勤を選んだわけではない。地価(コスト)感覚のない都市論は不毛である。

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できるだけ早急にブログを更新します。m(__)m

ではでは。

高齢者の増加で、首都圏はある時突然ダウンをする(システムエラー)

ツイッターでのやりとりをtogetterにまとめた「高齢者の増加で、首都圏はある時突然ダウンをする(システムエラー)」が思いのほか反響が大きかったので、こっち(ブログ)にも書いておきます。これからの日本の未来の形を考える上で、とても大切なことだと思うので、ぜひ転載して下さい(BLOGOSさんへ)。また、togetterでは載せなかった事柄についてもいくつか付け足した。この記事はやや長いので、急いでいる方は短くまとめたtogetterのほうを読んで下さい。

さて、結論を先に書く。高齢者の増加で、首都圏はある時突然ダウンをする。このまま何も対策を講じないでいると、首都圏の介護・医療システムは崩壊(オーバーシュート)して、大パニックに陥る。その危機は刻一刻と迫っていて、今から5年〜10年の間には起こる。

以下、記者や有識者の見解をざっと紹介しておこう。

■ 高齢化:大都市圏で加速

高齢化:大都市圏で加速 2040年推計
毎日新聞、2013年3月28日、佐藤丈一)

(前略)国立社会保障・人口問題研究所が27日に公表した地域別将来推計人口は、日本が猛烈なピッチで高齢化に進むことを示している。とりわけ、都市部での高齢化が著しい

(略)高齢化率は大都市を抱えていない県で高くなる傾向がある。ただ、そうした県は既に高齢化が進んでおり高齢者人口は大きくは増えない。若年層が減るために高齢化率が高まる格好で、むしろ秋田の高齢者人口は25年から減少に転じる。逆に地方出身の団塊の世代が都市にとどまることで、大都市圏では高齢者人口の増加が顕著になる。埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知など7都県では40年の65歳以上人口が現在の1.4倍以上になる見込み。75歳以上でみると埼玉、神奈川両県は2倍以上になる。(後略)

上記の記事にあるように、一言で「高齢化」と言っても、じつは大きく分けて3つのパターンがある。地方圏で起きる「高齢化」と大都市圏で起きる「高齢化」の現象は同じではない。詳しい解説は「BLOGOS」に掲載された「あなたの住むまちの将来人口は?」(2013年3月28日、若生幸也)を参照。また、この問題については医師の上昌広氏(@KamiMasahiro)が日々、ツイッター等で警鐘を鳴らしている。

■ 高齢化が大都市部を直撃する

出口治明の提言: 2040年の日本では高齢化が大都市部を直撃する
(ダイヤモンド・オンライン、2013年4月2日、出口治明

 国立社会保障・人口問題研究所は、3月27日、日本の地域別の将来人口推計を行った結果を公表した。(略)今更ながら、わが国の高齢化のスピードには凄まじいものがあるが、公表資料の内容を子細に見てみると、問題点がよく分かる。

(略)人口が減少すれば、高齢化が進むのは理の当然であり、2040年の65歳以上人口の割合(高齢化率)を見ると、(略)秋田・青森両県が1、2位を占めている。(略)では、首都圏は相対的に安泰かと言えば、実は決してそうではないのだ。

 ここで、65歳以上人口の増加率を見てみよう。そうすると、全く別の姿が浮かび上がってくる。トップ5のうち、首都圏が2、3、4位を占めている。加えて、愛知、福岡、大阪等の大都市部がもれなくランクインている。(略)2040年の首都圏には、わが国の30%の人口が住んでいるが、今後30年間の間に増える高齢者は、首都圏に住む人が42%を超える計算になる。

 こうした大量の高齢者を首都圏等の大都市部は、本当にスムーズに吸収できるのだろうか。例えば、ケアマネージャーの数は足りているだろうか。介護施設の整備は滞りなく進んでいるのだろうか。(略)このような急速な高齢化を念頭に置いた効率の良い医療・介護体制を首都圏で構築していくことは、極めて難度の高い営為であることが、容易に想像される。

 我々は、これからの高齢化は、むしろ地方ではなく、首都圏等大都市部を直撃するということを片時も忘れてはいけないだろう。(後略)

■ 都会と田舎は逆転する

風知草:都会と田舎は逆転する=山田孝男
毎日新聞、2013年4月8日、山田孝男

(前略)先月27日、「国立社会保障・人口問題研究所」が2040年の地域別推計人口を公表した。(略)高齢化加速という総論に新味はないが、都道府県別の高齢者増加率が目を引いた。概して大都市で激増、田舎は安定という傾向を示している。たとえば、2010年を基準とする65歳以上の増加率は神奈川県が60%、東京都54%に対し、島根県はマイナス2%。この違いは何を意味しているか。松谷明彦政策研究大学院大名誉教授(67)=マクロ経済学=の解説が明快だ。

 「高齢者が6割増えれば老人ホームも6割増やさなければならない。島根は高齢者が増えないから施設を増やす必要もない」

 「島根の場合、高齢者がそこそこ食べていける働き口があり、支え合いのシステムも、十分ではないにせよ、できている。東京にはそれがありません」

 「これまで地方が抱えていた問題に大都市はこれから直面します。都会へ行けば働き口があるという時代は終わり、地方へ人が逆流する可能性がある」

(略)都会の高齢者が激増するのは当然だ。高度成長時代に田舎から押し寄せた、おびただしい若者たちが老いるのだから。(後略)

■ 都市部で高齢化加速、利便性求め集中

都市部で高齢化加速、利便性求め集中 人口推計
日本経済新聞、2013年4月16日)

 総務省が16日発表した人口推計で、65歳以上の伸び率が埼玉県や千葉県で5%前後に達し、都市部で高齢化が加速していることが明らかとなった。都市部に住む団塊の世代が65歳以上の「老年人口」の仲間入りをし始めたためだ。

(略)都市の急激な高齢化は2012年から65歳以上に入り始めた1947〜49年生まれの団塊世代が首都圏や関西圏に多いのが主因だ。14年までは老年人口の急速な伸びが続くということになる。高度成長を支えた団塊が年金を受け取るようになり、シニア層は民間企業にとって有力なターゲットとなる。(略)一方、老年人口が都市に集中すればするほど、医療や介護サービスの不足感は強まりそうだ

 例えば介護では、厚生労働省の10年度の調べで特別養護老人ホームの入所申込者数は定員に対し平均3.4倍。特に都市部では用地も乏しく施設不足が慢性化している。人手も足りず、介護関連の有効求人倍率は1倍後半で高止まりしている。厚労省は介護職員として、25年時点で12年の1.6倍の240万人前後が必要と推計する。(後略)

ところで、話は本題から少し離れるけど、実際、ここ数年、大都市圏や地方の中核都市への人口集中は加速している。時々、そのことをもって国交省が進めている「コンパクトシティ政策」が成功している、という意見を目にすることがあるのだけど、それはあまり正しいとは言えない。それは単に、高齢者が郊外の一戸建てから利便性を求めて都心部タワーマンションへと移住しているからであって、国交省の政策とは関係がない。実際、「コンパクトシティ政策」を行っていない都市でも、同様の現象が発生している。また、都心部へ移住することができるのはタワーマンションを購入することができる資産のある高齢者のみであって、結局のところ、国交省が進めている「コンパクトシティ政策」は社会格差を「逆分配」しているだけである。政治・行政がやらなければならないことは資産のある高齢者をより一層、優遇することではなく、郊外に取り残されてしまう高齢者を支えることである。「コンパクトシティ政策」は本末転倒な政策であって、リベラリズム自由主義)の公準に適さない。(関連して、僕が以前に書いた「「コンパクトシティ」の創設は税金の無駄遣いである――自民党の補正予算案(2012年度)を批判する」(2012年12月29日)と、「富山市は「第二の夕張市」となるか――「コンパクトシティ」を目指して暴走する国土交通省と富山市長」(2013年1月27日)を参照。あと、僕がtogetterにまとめた「「コンパクトシティ」論は絵に描いた餅、偽装された因果関係に縛られた楽園にすぎない」(2013年5月1日)も参照。)

また、「都道府県別の合計特殊出生率」(2011年、社会実情データ図録)をみると、都市部よりも地方のほうが出生率が高いことが分かる。都市化を進めることが出生率の低下につながるのであれば、今日の都市化現象によって、少子高齢化がますます加速する、という悪循環に陥る可能性がある。(関連して「BLOGOS」に掲載された「都市への人口集中には反対する」(2013年4月21日、小幡績)も参照。)

■ 在宅療養への切り替えへ

病院で始まった『退院支援』 高齢者の在宅療養をどう支える
NHKニュース、2013年4月23日)

 今、高齢者の長期入院を解消し在宅療養に切り替えることで、国は増え続ける医療費の抑制を図ろうとしています。しかし、高齢の患者は治療後も、高血圧などの慢性病、歩行困難など「老い」による状況を抱えているため、自宅での生活に不安を感じる人が少なくありません。(後略)

この「在宅医療への切り替え」の記事に対して、医師の上昌広氏(@KamiMasahiro)は、「太平洋戦争中の「転進」と同じだなあ。在宅医療は、結局、家族への押しつけだ」とツイートされている。

そして、「在宅医療」は新たな問題を引き起こす(下記)。

医師不足と高齢化

医師不足が引き起こす救急医療の危機/後編
ニュースJAPAN、2013年5月9日放送)

(前略)今回の取材で明らかになった、栗橋病院に救急搬送された患者の年齢構成。60歳以上の割合が、5年間で、実に4割も増加していた。この変化が、救急医療の現場に大きな負担を与えているという。

(略)救急科専門医であれば、救急患者・全般に対応できるが、全国に3,382 人しかいない。日本の人口当たりの救急科専門医の数は、アメリカの七分の一だという。

(略)急激な高齢化が進む、日本。国の在宅医療推進によって、終末期を自宅で迎える高齢者が増加、“救急搬送の急増につながった”、という指摘もある

(略)寺西医師が、仕事を終えたのは、午後10時を回っていた。医師不足と高齢化によって、深刻化する、埼玉県の救急医療。それは、日本の未来への警告なのかもしれない。

地方では高齢化のフェーズが終わって、これから人口減少期に入るのに対して、首都圏ではこれから高齢化のフェーズに入る。高齢化と人口減少のどっちがより深刻かと言えば、高齢化のほうである。なぜなら、医師と施設を増強しなければならないからだ。しかし、その急速な高齢化のスピードに増強は間に合うのだろうか。間に合わなければ、首都圏はある時突然ダウンをする。病院はパンクし、救急車も止まり、高齢者ではない急患も治療が受けられなくなるだろう。首都圏は瞬く間に大パニックに陥る。

(先日の埼玉新聞の一面に載った「入院患者、50年ピークで1・7倍増 医師不足1300人超/県推計」(2013年6月14日)も参照。)

■ 都市高齢者の地方受け入れへ

都市高齢者の地方受け入れへ指針 9月にも厚労省
日本経済新聞、2013年4月26日)

 厚生労働省は都市部で特別養護老人ホーム(特養)など介護施設が不足する問題を受け、都市の高齢者を地方で受け入れる際の指針を9月にもまとめる。5月中に有識者らの検討会を立ち上げ、課題や対策を整理。2015年度の制度改正につなげる。東京都杉並区が静岡県南伊豆町と特養の整備で組んだ事例もモデルに、高齢者対策を通じた地域おこしを狙う。

(略)特養の場合、高齢者を送り出す都市部の自治体が介護費を負担する。一方、特養以外の施設や住宅では受け入れ側の地方自治体の負担になる場合があり、制度見直しが必要との声がある。

(略)都市部では用地不足から介護施設の整備が進まず厚労省の09年度の調査では特養の入所申込者を指す、いわゆる「待機老人」が首都圏で約10万人に上った。25年には都市部の75歳以上人口が現状の2倍に増える見込み(後略)

■ 都市部高齢化 施設や介護はどうなる

都市部高齢化 施設や介護はどうなる
NHKニュース、2013年5月20日

 東京や大阪などの都市部で今後、高齢化が急速に進むことから、施設や在宅の介護サービスをどのように確保していくか話し合う初めての検討会が20日厚生労働省で開かれました。

(略)ことし3月に公表された国の研究所の推計によりますと、2025年までの15年間に増える75歳以上の高齢者の数は、最も高い埼玉県で2倍、千葉県で1.92倍、大阪府で1.81倍、愛知県で1.77倍、東京で1.6倍などと、都市部で高齢化が急速に進み、それに伴って介護が必要な高齢者も増えると予測されています。

 しかし、特別養護老人ホームへの入所を待つ高齢者は、東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県で全体のおよそ4分の1を占め、土地の確保が難しい都市部での施設不足が大きな課題となっています。

 20日の検討会でも、東京・杉並区がおよそ150キロ離れた静岡県南伊豆町特別養護老人ホームを建設する計画が紹介されました。これは自治体がほかの都道府県に特養を作る初めての取り組みで、都市部の高齢者を地方で受け入れるモデルケースとして全国に広げるべきかどうか議論することにしています。(後略)

介護施設の不足、一層深刻

介護施設の不足、一層深刻」
日本経済新聞、2013年6月12日、朝刊)

 東京圏の世帯数は2025年にピークを迎えた後、減少に転じる見込みだが、高齢者世帯数は増加する。(略)白書(首都圏白書)では25年の介護保険施設のサービス利用者数を推計し、10年の介護保険施設の定員数を比較した。利用者数に対する施設定員数の割合は東京23区の一部などで25%未満にとどまる。

(略)受け皿の整備が急務だが、「都心部で用地を確保するのは非常に困難」と杉並区の田中良区長は指摘する。もともと遊休地も少なく、地価が高いためだ。現在、区内には特別養護老人ホームが12カ所あり、定員は計1200人弱。それに対して入居希望の待機者は2000人を超えるという。こうした状況を背景に、区は全国の自治体で初めて、他の都道府県に特養を設ける方針だ。静岡県南伊豆町の区有地で16年度の開設を目指し、県や町と協議を重ねている。

 杉並区と南伊豆町の連携は国も注目。厚生労働省の「都市部の高齢化対策に関する検討会」でもモデルケースとして取り上げられ、田中区長は「高齢者の新しい暮らし方を開拓したい」と意気込む。

(上図は「首都圏白書」より。「総世帯数は頭打ちだが高齢者世帯は増加」している。)

■ 危ないのは首都圏

以下はテレビ東京の番組「カンブリア宮殿」で、今からちょうど一年前に放送された「全国から患者続々の超人気病院――患者も医師も大満足のワケ…革新経営で医療の危機を救う」(2012年6月14日放送)をテキスト化したものです。転載元は、本ブログ「未発育都市」の「亀田メディカルセンター院長・亀田信介氏「危ないのは首都圏!」(メモ)」の記事です。ここから一部を抜粋していますので、詳しく知りたい方は、その元記事のほうを参照して下さい。


亀田信介:
(前略)年齢によってどのくらい医療資源とか介護資源が増えるかと言うと、例えば15歳〜45歳の一番元気な人たちが年間に使う医療資源を1とすると、大体、65歳以上の方で6.5倍。75歳以上のいわゆる「後期高齢者」と言われる方で8倍。これは医療資源だけなんですね。介護資源まで入れると、75歳以上の方1人で医療介護資源を若い人の10人分使っちゃうんですね。その方たちが猛烈な勢いで、絶対数が増えるのが都市部なんです。とくに高度経済成長の時に同じ団塊の世代と言われるような同じ年齢層の人たちがみんな地方から東京に集まった、この方たちが一気に、高齢者になっていって医療資源を必要とするわけですね。この急激な医療需要の高まりを「オーバーシュート」と言うんですけど、ここについては、今後、人類史上あり得ない、日本の問題でもなく、世界の問題でもなく、この大東京圏という凄く特定のところの特定の時期の問題であって、もちろん、今までにもなかったですけど、今後の30年間で起こる事は二度と起こらないだろう、と言われているぐらいじつは大変な事なのです。

村上龍
具体的に言うと、「肺がん」ですって診断されて要手術っていう場合に、残念ですけど半年先まで「肺がん」の手術はできません、と言われるような時代ですよね?

亀田信介:
そういう事です。渋滞というのは、じつは供給が需要をちょっとでも上回っていれば、多少、この渋滞の原因が何らかの原因で起こっても、どんどん伸びる事はないんです。ところが供給がちょっとでも需要を下回ると、もう縮まる事はなくて、しかもこの需要がどんどん増えるわけで供給との差が大きくなっていきますから、渋滞の伸びる速度が速くなって……

村上龍
加速度的に……

亀田信介:
加速度的に、指数関数的に伸びていくんです。今、首都圏の、例えば一般病床の需給っていうのはほぼ100%に近付いているんですね。ま、分かりやすく言うと、今、電気の問題がありますね。電気の発電量(供給量)を需要が上回ってしまうと、みんな停電しちゃうかも知れない、と大きな問題になっていますけど、まさにそれと一緒で、例えばコンピュータもCPUっていうのが70%〜80%ってなってくると、凄いスローダウンして、パフォーマンスが落ちてきて、ある時にドンとダウンしちゃうわけですね。医療でも今後、首都圏ではそういうある時突然ダウンをする、というような事がもう時間の問題で起ころうとしている、これを認識しなくてはいけないと思っています。

村上龍
兆候はいたるところにあります。怖いでしょう?

小池栄子
怖いですね。

村上龍
ちょうど小池さんが高齢者になる頃じゃないですかね。

小池栄子
怖いですね。

村上龍
もっと早いかも知れない。

亀田信介:
もっと早いです。たぶん今から5年〜10年の間には起こる

(中略)

亀田信介:
(略)ただ、先ほど、東京の問題であってじつは日本の問題ではないと申し上げたのは、一般病床の需給率ってのは東京圏は90数%まで行っているんですね。ところが九州、四国というのはまだ50%なんです。(略)私が言いたいのは、たぶん多くの国民が、東京が一番安全だろうと思っていると思うんです。(でも、そうではなくて)それと全く正反対な事が今、起ころうとしているという事、これを認識してもらうというのは非常に重要で、是非、今後マスコミの方々にも正確なデータを取ってですね、どんどん報道していただかないと問題が表に出てこないと思います。(後略)

以上です。

あと関連して、本ブログ「未発育都市」の「松谷明彦著「人口減少時代の大都市経済」からの引用集(メモ)」の記事を参照。この本には「人口減少社会の到来で、最も苦しむのは東京である」ということが書かれています。これからの日本の未来の形を考える上で「高齢化」と「医師の偏在」の問題は避けては通れないでしょう。いずれにせよ、まずは現状がどうなっているかを私たちが正しく認識することが大切です。マスコミ(もちろんネットメディアも含みます)が果たすべき役割は非常に重要です。より多くの方々に正確な情報がきちんと行き渡ることによって、はじめて正しき議論の場が形づくられていくのです。(終わり)