鉄道の未来学――新幹線の未来(の続き)

(前回の「鉄道の未来学――日本の鉄道の現状と新幹線の未来」の続き。引き続き、梅原淳著「鉄道の未来学」(2011年)からの引用です。)

■第一章 「新幹線の未来」(の続き)

 現在、新幹線の最高速度は時速300キロメートルである。この速度で列車が走っているのは山陽新幹線東北新幹線だ。他の新幹線の最高速度は、東海道新幹線が時速270キロメートル、上越新幹線が時速240キロメートル、長野新幹線九州新幹線とが時速260キロメートルである。
(中略)整備新幹線の最高速度が時速260キロメートルに抑えられているのは建設工事費を節約するためである。最高速度を上げるには防音壁などを追加して防音、防振対策に努めなくてはならない。さらに、(中略)。最高速度の設定に当たり、どれだけの利益が得られるかを厳密に算定して決めた結果、ほどほどの速度となったのである。(P.81-82)

あまり夢のない話です。Mr.Childrenの「innocent world」(1994年)の曲の歌詞に、「様々な角度から 物事を見ていたら 自分を見失ってた」とあるのだけど、そういう事なのだろうか*1。または、社会が「成熟」して物事が複雑に絡み合うようになると、「創造」する事よりも「調整」する事に膨大なエネルギーが費やされるようになる。そして、クリエイティブなデザイナーたちも「調整」に徹する事、また更に、積極的に自分を見失う事に快楽(無個性の快楽*2)を見い出すようになる。そして、日本は「失われた20年」から「失われた30年」へ向かう。一体、僕らは何を「調整」しているのだろうか。建築家・都市計画家のル・コルビュジエは、著書「ユルバニスム」(1925年)で、「(前略)ところで、図表という告発者は、街路の現状(交通渋滞)では、今日の都市の車に許される速度が一時間に一六キロ! であることを証明する。工場(フランスの工業、自動車メーカー)は、速度を一〇〇キロから二〇〇キロに上げるため激しく戦っている。都市の現状は命令的に叫ぶ、「一六キロですよ、皆さん」。(後略)」(P.112-113)と述べているのだけど、似たような話である。僕らは、社会的渋滞の真っ只中にいる。また更に、時々、例えば、対立する概念を挙げてから、その中間に「答え」があるといったような主張をする理論家風情(ふぜい)の建築家が現れたりするけど、それのどこが理論なのだろうか。僕には、単なる「時間稼ぎ」にしか思えない。なぜなら、そのような論法を採用する人ほど、絶対に「答え」を出さないからである。それは現代の渋滞した社会に適合した論法で、ゲーム理論的に言えば「答え」を出す事よりも「時間稼ぎ」をしたほうが効用がある(儲かる)からである。つまり、渋滞しているほうが居心地がいいのである。僕らは、物理的にも心理的にも渋滞した社会を生きている。僕らは、間違いなく「失われた30年」へ向かう。もちろん、(上記の)「防音、防振対策」等は必要だろうけど、もはや現代の日本は、何もかもがこんがらかった糸である。それを「成熟」と呼んで都市文化を自賛したいならば、勝手にやればいい。でも、一方で、工学者の月尾嘉男は、著書「環境共生型社会のグランドデザイン」(2003年)*3で、「(前略)交通によってモノやエネルギーが頻繁に接触し、関与し合うほど、文化的諸要素が融合してエントロピーが高まり、それだけ文化は均質化し、停滞する可能性があるということです。しかし、人間にはエントロピーを下げる特殊な能力があり、人間が創造力を発揮することで再び文化が多様化し、エントロピーが下がるのです。」と述べている。つまり、僕らは、エントロピーを下げなければならない。僕らは、「調整」する事よりも「創造」する事にエネルギーを注がなければならない。または、「成熟」から「未発育」へ。これが本ブログ(「未発育都市」*4)の主題です。

…と、いきなり話が脱線した。久々に主観的な事を書いた(汗)。いずれにせよ、日本は「失われた30年」へ向かう事を前提にして、日本の未来(の社会設計)を考えなければならない、という事です。そのうち詳しく書く。では、話を元に戻して、引用を続けます。書くペースを上げます。

 開業中の新幹線に駅を設置してほしいと考えている地方自治体は多い。新幹線の列車が停車すれば東京や大阪といった大都市と直結して利便性が高まり、駅周辺も発展すると予想されるからだ。(中略)これらのなかで最も熱心に誘致活動を展開しているのは相模駅だ。(中略)(この駅ができれば)結構な数の利用者でにぎわいそうだ。
 問題はJR東海の対応と設置費用だ。JR東海東海道新幹線の輸送力が飽和状態にあり、相模駅の開設で増える新たな利用客を受け入れる余地はいまのところないと回答している。(P.90-91)

 東海道新幹線の「のぞみ」の停車駅は現在東京品川新横浜名古屋京都新大阪の各駅である。両端のターミナルはもちろん、途中の各駅も1日当たりの利用客が東海道新幹線の他の駅と比べて多く、停車は妥当だと言えるだろう。
 ところで、「のぞみ」が停車しない駅でも結構な乗車人員となっている駅がある。2003年度に1万8114人を記録した静岡駅だ。この数値は品川駅の約2万4000人(2008年度)、新横浜駅の2万5312人(2003年度)、京都駅の2万6884人(2003年度)と比べて大きく劣っているとは思えない。全列車とは言わないものの、(中略)一部ならば(「のぞみ」を)停めても罰は当たらないだろう。
 しかし、JR東海は静岡駅に「のぞみ」を停めることに消極的である。東海道新幹線の速達性が失われると考えているからだ。(P.92-93)

更に、

(前略)「のぞみ」の停車を求める静岡県側にも複雑な事情があるという。2003年の乗車人員が1万3696人の三島駅と1万1667人の浜松駅と静岡駅並みの規模の駅が県内にあり、「のぞみ」の停車駅を静岡駅1本に絞ってよいのかと考えているのだ。常識的に言えば、県庁所在地だし、端から見れば静岡駅だけでよいと思うのだが、三島市浜松市(中略)から不満が出されるに違いない。(P.94)

確かに難しい問題です。でも、著者はここで具体的な「利用客、JR東海、地元の地方自治体の三方が丸く収まる」解決案*5を提示している、感動した。「調整」する事においても「創造」性は発揮し得るのかも知れない。そう言えば、ディズニーランドの「ファストパス」の仕組みを創った人もすごいと思います。ま、とは言え、いまいちこの「ファストパス」の仕組みが(僕には)理解できないのだけどw、確か、前に(僕の)別ブログの「相転移」の記事で書いた、西成活裕著「渋滞学」(2006年)に、この仕組みの良さが解説されていた事を思い出して、今、読み返してみたのだけど、やはり理解できなかった(汗)。簡単にして言うと、「ファストパス」には人の流れを分散させる効果がある、人の流れを一ヶ所に集中させるよりは適度に分散(シャッフル)させたほうがいいという事らしいです(P.216)。不思議です。うーん、あ、書くペースを上げます(汗)。

 デフレとは通貨が市中に流通しなくなり、物価が下落して不況が進むことを指す。(中略)物価の下落によって鉄道以外の交通機関の運賃や料金も下がってきた。典型的なのは航空運賃だ。(中略)鉄道よりも安いものも多く、所要時間は短く、おまけに安いわで大変不利な状況に置かれた鉄道も多い。
(中略)デフレによって営業原価が下がっているのも確か。ならば運賃は無理としても料金を下げてもらえないかと考えるのも人情だ。しかし、残念ながら新幹線の料金の値下げは当面は行われないだろう。(中略)少し前(前回の記事参照)で触れたようにJR各社とも既存の新幹線を買い取ったために高額な返済に追われていたり、あるいは実質的に儲けをすべて鉄道・運輸機構に搾り取られる整備新幹線を所有しているため、それどころではないのだ。(P.95-96)

 新幹線の料金を下げてもらうには、他の交通機関との競争が存在しなければならない。(中略)各新幹線の状況を見ると、他の交通機関と激しい競争を繰り広げているのは山陽新幹線と新在直通の秋田新幹線だけで、あとは新幹線が圧勝している。このような状況では運賃や料金は下がらないだろう。
 航空機は新幹線の最も手ごわいライバルである。しかも、航空運賃はずいぶん下がっている。ロー・コスト・キャリア(LCC)という格安の航空会社が国内線に就航することが発表され、羽田空港関西国際空港との間が1万円未満、下手をすれば数千円程度で利用できる日が訪れるかもしれない。
(中略)東京と大阪との間での東海道新幹線と航空機との利用客の割合は2007(平成19)年度に東海道新幹線8対航空機2であった。筆者はLCCが日本に定着し、(中略)最終的に東海道新幹線のシェアは65パーセント程度まで落ち込むと見ている。
 LCCの運賃は航空券を90日前までに購入すれば2000円、一カ月前までで5000円、1週間前まで8000円、前日まででも1万円といったところか。これでは東海道新幹線の魅力は色あせてしまう。加えて東京も大阪も年間を通して気候に恵まれていて航空機が定時に発着できる可能性が高い。むしろ、冬季に関ヶ原付近の積雪で遅れる東海道新幹線のほうが不利だと言えよう。
(中略)ここまで記すと、筆者は新幹線が航空機との競争に負けてしまえばよいと考えているととらえられるが、そうではない。新幹線がこの先も多くの利用客でにぎわうためには他の交通機関との競争が必要であり、競争を通じて新幹線は磨かれていくと信じているからだ。(中略)新幹線の運賃・料金は物価の優等生であり続けてほしい。(P.97-101)

上記の「格安の航空会社」に関しては、(僕の)別ブログの「格安航空会社」(「東京〜大阪間が約5000円、全日空が格安航空会社(LCC)を新設する方針」(GIGAZINE、2010年9月8日))、「茨城空港」(「茨城〜上海・片道を4000円のチョー格安販売へ 中国のLCC」(産経新聞、2010年8月25日))、「森の木琴」(「成田拠点の格安航空」(東京新聞、2011年7月22日))の記事参照。
上記の「競争が必要」に関しては、(僕の)別ブログの「散らかってる点を拾い集めて」注釈9、「都市の非能率性と非実用性」追記1、本ブログの「8月のニュース-2」(「本当の「地域主権」とは?」(アゴラ、2011年7月18日))の記事参照。
あと、ウィキペディアの「エアアジア」、「ライアンエアー」、「春秋航空」等の項も参照。以上です。

第一章「新幹線の未来」はここまで。では。

鉄道の未来学――大都市の鉄道の未来」に続く。

*1:(僕の)別ブログの「物憂げな6月の雨に打たれて」の記事参照(Mr.Children、「innocent world」、→動画

*2:(僕の)別ブログの「Strange Paradise」、「World of Tomorrow」、「Integral Project-3」、「Star House-2」注釈19、「散らかってる点を拾い集めて」注釈6、「都市の非能率性と非実用性」注釈10の記事参照(「無個性の快楽」、レム・コールハース

*3:(僕の)別ブログの「フロリダ」注釈8、「明日の田園都市-3」注釈15の記事参照(同書)

*4:(僕の)別ブログの「考え中。。」追記の記事参照(「ブログタイトルの「未発育都市」とは、(中略)都市思想家のジェイン・ジェイコブズ著「都市の原理」(の第5章と第6章)に出てくる言葉です。」)。あと、「第7章」にもあった(汗)。

*5:「同じ状況は2003年(平成15)年10月1日に新たに「のぞみ」が停車するようになった山口県内の駅に似ている。県庁所在地の山口市に立地しているのは新山口駅ではあるが、(中略)徳山駅も無視できない。結局、新山口停車がメインとなり、一部が徳山にも停まることで決着した。静岡県内の「のぞみ」停車駅も山口県に見習えばよいだろう。多くは静岡駅に停まり、一部は三島、浜松両駅のどちらかに停車するという具合に。停車駅が増えすぎて東海道新幹線の速達性が損なわれるという前提も今後は崩れていくだろう。最高速度が時速300キロメートルに引き上げられ、わずか数分のスピードアップというのは、裏を返せば1駅くらいならば余計に停車できることを意味する。その余裕の大多数は静岡駅に割り振り、一部は三島、浜松両駅に、残りは純粋な所要時間短縮に充当すれば利用客、JR東海、地元の地方自治体の三方が丸く収まるだろう。」(同書、P.94-95)