津波の記憶を風化させないために出来る事は何か――津波と船と建築

 
前回の(途中まで書いた)「津波のような建築――Disaster Prevention and Education」の記事の続きです。ま、前回の記事で書いたように、今回のテーマは、僕がまだ「納得のいく答え」にたどり着いていないので、とても書きにくいです。なかなかが進みません。感覚的には、今回のテーマ(災害のデザインについて)はとてもはっきりしているし、僕が考えようとしている事、または、僕が問題提起したい事は、既に十分に伝わっているのではないかと勝手に期待しています(おいおいw)。感覚的には明快であっても、これを理路をたどって説明する(言語化する)のは容易な作業ではないのです。前に(僕の)別ブログの「アイコンに擬態」の記事では、「僕はこう見えても結構、感性を「言葉に表す」ということの、原理論的なことに興味があるんです(キリッ)。」とか書いたのだけど、いまいち突破口が開けません(汗)*1。僕がノートに描いている「アイコン建築」の落書き(→本ブログの「・作品一覧」の記事参照)の勢いはとどまる事がないのだけどw、これを言語化する作業がいまいち追いついていないのです。どなたか僕にご教示下さい。お願いします。また、前に本ブログの「Picture Book House (絵本の家)」の記事で、田中純著「建築のエロティシズム―世紀転換期ヴィーンにおける装飾の運命」(2011年)の冒頭の「はじめに」から、「現代は凡庸な計画論が建築を深く浸食している時代である。建築家が社会学者がよろしく家族の未来像を語り、それを愚直に住居空間に翻訳してくれる。家族の空洞化にしろ何にしろ、社会学者が唱えるイデオロギー的なラジカリズムに追随するそんな計画論に、建築固有の論理もエロティシズムもない。」の一文を引用したのだけど、この「建築固有の論理」を再構築(reconstruction)する事が今後ますます必要になってくるのではないかと僕も思っています。もちろん、建築の「エロティシズム」でも構わないのだけどw、いずれにせよ、感覚(感性)を言語化するプロセスを怠ると、私たちは「当て所のない混沌から脱し得ない」*2状態に陥ってしまうでしょう。簡単に言えば、感性と理性の両方が重要なのである、という事です。

さて、僕がまだ「納得のいく答え」にたどり着いていない事(うまく説明できない事)の言い訳は、これで十分果たせたと思うので(おいおいw)、では、前回の記事の続きを書きます。

まず、前回の記事の最後に、「とりあえず、僕が東日本大震災の10日後に書いた、(僕の)別ブログの「やりかけの未来がある」の記事を参照」と書いたのだけど、その(僕の)別ブログの記事を転載します(下記)。

(前略)

震災前の先月(2月)、「ArchDaily」(世界で最も読まれている建築のウェブサイトです)で、「A Room for London / David Kohn Architects + Fiona Banner」(2011年2月12日)の記事のこの写真(→写真、下図右)を見て、「こういうの大好き!」と感嘆した(と僕は確かに記憶している)のに、今や、僕はその写真から岩手県釜石市を襲った大津波(中略)の後のこの信じがたい写真(→写真、下図左)しか連想する事ができない(泣)。つまり、大災害の以前と以後で、世界の見え方(感じ方)が180°変わってしまったという事である。(もちろん、それは「過剰反応」ではないかとも考えられるけど、今の僕にはちょっと無理です(泣)。冷静に考えられるようになるには、少しばかりの時間の経過が必要なのだと思う。)

ちなみに、(ネットで調べてみると)、今から16年前に起きた「阪神・淡路大震災」(1995年1月17日、→動画)の半年後に、建築家の磯崎新は「神戸の震災でデコン(脱構築主義建築)はもう終わったんだ」と述べている。これは参考にできるかも知れないけど、とりあえず、上記の理由で、判断を留保する。

(後略)

前回と今回の記事のテーマ(主題)はこれ(上記)と全く同じです。繰り返しになるけど、僕はまだ「納得のいく答え」にたどり着いていませんw。ここで重要なのは、前回の記事で「ソウルに建設予定のタワーが9・11を連想、建築会社が謝罪」(ロイター、2011年12月12日)から引用したように、デザイナー(建築家)は「故意に似せたのではない」という事だと思います。ソウルに建設予定のタワーアメリカ同時多発テロ事件を連想させてしまうのは、もちろん、たまたまの偶然です。出会いがしら事故のようなものです。同様に、上記の「London 2012 Festival」のビルの屋上に船を乗せるというデザインが津波で打ち上げられた船を連想させてしまうのも、デコン(脱構築主義建築)のデザインが震災で倒壊した建築物を連想させてしまうのも、偶然の結果でしかないのです。ま、たまに、デザイナー(建築家)自身の発言が問題を引き起こす*3場合もあるのだけど(ワラ)w、デザイナーの論理や独創性と、デザイナーを取り巻く常識や社会性の関係は、決して一筋縄ではいかないという事なのだと思います。

いずれにせよ、このような「偶然」は起こりうるものだと認知した上で、この一筋縄ではいかない状況の中でどのように立ち向かえるか(事後処理ができるか)が問われるのだと思います。上記で引用した「神戸の震災でデコンはもう終わったんだ」(磯崎新)の考え方は、やや反動的すぎたのではないかと思います。もちろん、これは東日本大震災から1年半が経った今だから言える事なのだけど。この記事の冒頭に、「僕がノートに描いている「アイコン建築」の落書きの勢いはとどまる事がない」(!)とかアホな事を書いたのだけど、東日本大震災が起きてから半年間くらいは本当に何も描けませんでした(汗)。一方、これは徐々に震災の記憶が風化している、とも言えなくもありません。では、風化させないためにどうしたら良いのだろうか。

では、次。

上記に載せた「この信じがたい写真(→写真)」は、釜石市の観光船「はまゆり」です。その後、(僕の)別ブログの「散らかってる点を拾い集めて」の記事(2011年5月12日、下図)で書いたのだけど、観光船「はまゆり」は屋上から撤去されました。「保存要望あったが…屋根の上の遊覧船、解体決定」(読売新聞、2011年5月8日)によると、「(前略)学識経験者ら約160人が遺構として保存を求める要望書を県に提出。しかし、「(はまゆりが)徐々に前に傾いている」と落下を危険視する声が住民から上がり、解体が決まった。」との事です。安全上の問題から撤去(解体)するしかなかったのです。これは仕方がない。(ネットで)簡単に調べてみると、この観光船「はまゆり」に関する一連の経緯が、「【東日本大震災】撤去・解体から復元へ、屋根の上の観光船の運命」(NAVERまとめ、2012年7月20日、やまぐちたくみさん)にまとめられていました。とても詳しくて分かりやすい。でも、この「NAVERまとめ」を読んで驚いたのだけど、現在、復元のための寄付を募っているらしいのです。観光船「はまゆり」を復元するのは、「災害の記憶の風化を防ぐのが目的」で、「地上に降ろされ解体された観光船「はまゆり」を震災の象徴として復元する」、「軽い材質で造り直し、そのまま残る民宿の上に載せ直す。」との事です。詳しくは、大槌町の「災害の記憶を風化させない事業寄附金」のページを参照。

この観光船「はまゆり」の復元は、本当に驚きました。と同時に、僕は得体の知れない違和感を覚えました。そして、以前に読んで驚愕した、「来月12日に切断へ 奇跡の一本松、保存処理」(産経ニュース、2012年8月29日)のニュースの事を思い出しました。少し引用すると、「東日本大震災の大津波に耐えた岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」が来月12日に切り倒され、保存に向けた防腐処理に入ることが29日、市関係者への取材で分かった。当日はセレモニーも開く予定で、震災2年を迎える来年3月11日までに元の場所に立て直すとしている。市によると、高さ約27メートルの一本松を根元から切断して、幹を5分割。芯をくりぬき、防腐処理を施す。その後、金属の心棒を通して立ち姿のまま保存する。保存費用は約1億5千万円。(後略)」との事です。これは(ネットでは)大不評で、奇跡の一本松の「サイボーグ化」と揶揄されているほどです。「サイボーグ化される「奇跡の一本松」 1億5000万円もの費用に疑問の声」(J-CASTニュース、 2012年8月31日)、「大震災の大津波に耐えた「奇跡の一本松」が切断されサイボーグ化 保存費用1億5千万円」(痛いニュース、2012年8月30日)等を参照。

そして、この奇跡の一本松の「サイボーグ化」とは対照的に、(ネットで)大好評であるのは、「樹齢800年「頼朝杉」倒れる」(NHK、2012年9月8日)のニュースです。少し引用すると、「源頼朝が植えたという言い伝えから「頼朝杉」と呼ばれている、静岡県島田市にある樹齢800年ほどの杉の木が倒れ、木を所有している寺は幹が空洞化して重みに耐えられずに倒れたとみています。(中略)智満寺によりますと、今月2日の朝、近くの住民が雷が落ちたような音を聞いて駆けつけたところ、「頼朝杉」が倒れていたのを見つけたということです。「頼朝杉」は20年ほど前から幹の空洞化が進んでいたということで、寺は、重みに耐えられずに倒れたとみて、仏像を彫り出すなど今後の活用策を考えています。(中略)智満寺の北川教裕住職は「寺にとっても地元にとってもたいへん残念です」と話していました。」との事です。ま、要するに、「サイボーグ化」は大不評であるのに対して、「仏像」化は大好評であるという事です。感覚的には、僕も(ネットでの反応と)全く同じです。でも、なぜ「サイボーグ化」は駄目で、「仏像」化なら良いのだろうか。これ、結構、不思議な事だと思いません(?)。この記事の冒頭で書いたように、これは「感覚的には明快であっても、これを理路をたどって説明する(言語化する)のは容易な作業ではない」事の一例だと思います。「サイボーグ」と「仏像」の違いは、前に本ブログの「アイコンの消失」の記事で書いた、「形象」と「心象」の違いから説明できるかも知れません。また、前回の「津波のような建築――Disaster Prevention and Education」の記事で載せた、「津波」を模した建築デザインの「Istanbul Disaster Prevention and Education Center / CRAB Studio」が、僕の「好み」とは相容れない理由の遠因は、このあたりにあるのではないかなとも思います。

ま、とりあえず、以上です。

ちなみに、「奇跡の一本松」は今日、切断されました。「「奇跡の一本松」再生にむけ切断始まる」(読売新聞、2012年9月12日)によると、「東日本大震災津波から唯一残った岩手県陸前高田市高田松原の「奇跡の一本松」を切断する作業が12日午前、始まった。幹の防腐処理などをし、来年2月に元の場所に再生される。この日は枝を払う作業から始まり、被災した住民や観光客ら100人以上が、復興のシンボルが切られていく様子を見守った。」との事です。「陸前高田市の「奇跡の」一本松 保存のために伐採される」(トゥギャッター、2012年9月12日)も参照。切断される事になったのは仕方がないのだけど、「サイボーグ化」については議論する余地があるのではないかと。

あと最後に、昨日の「「この船見る度に…」震災1年半、気仙沼で祈り」(読売新聞、2012年9月11日、下図)を参照。引用すると、「東日本大震災から1年半となる11日、津波で壊滅的被害を受けた宮城県気仙沼市*4鹿折(ししおり)地区では、陸上に打ち上げられたままの大型漁船「第18共徳丸」の前で多くの人が手を合わせ、犠牲者に祈りをささげた。全長60メートル、330トンの同漁船は、停泊していた気仙沼港内から、内陸約800メートルの市街地まで流された。津波の脅威を物語るものとして、同市が保存を検討している。ボランティアで毎月、同市を訪れている東京都世田谷区の小沼真喜子さん(53)は、「この船を見る度、手を合わせずにはいられない気持ちになる」と悲痛な面持ちで話した。警察庁によると、大震災では1万5870人が犠牲になり、今も宮城、岩手、福島など6県で計2814人(10日現在)が行方不明となっている。」との事です。また、「震災から一年半・・・「被災地って今どうなってるか知ってますか?」(トゥギャッター、2012年9月11日)によると、「妹が被災地のボランティアから帰ってきた。復興なんて全く進んでいない*5。マスコミの情報操作によってほんのごく一部の明るい話題が取り上げられてるだけ。」(まりーなちゃん)との事です。ではまた。

【補足】

2004年12月26日に発生した「スマトラ島沖地震」の津波に関する写真です(下図)。

自然災害による計り知れない被害と復興の様子」(ハムスター速報、2012年6月24日)より。この写真には、「船を撤去せずにそのまま残した」、「被害を後世に伝える為には、残して正解だと思う」とのコメントが付いています。それと、「インドネシア関連記事 2件ほど」(Cinta 東南アジア、2012年4月30日)のブログ記事によると、「(前略)日本だと、どうしても、忌まわしい記憶を少しでも消すために、津波の遺物は撤去する方向にありますが、インドネシア人の考え方は、全く逆で、あえて残して記憶に残す、という方向にあるようです。そのほうが、風化しないと思うんですが・・・・」との事です。津波の記憶を風化させないために、私たちに出来る事は何だろうか。補足は以上です。

*1:(僕の)別ブログの「雑記&まとめ」(佐々木健一著「日本的感性―触覚とずらしの構造」)、「アイコンの消失」注釈5(依田高典著「行動経済学―感情に揺れる経済心理」)の記事参照(「感性とは何か」)

*2:(僕の)別ブログの「別世界性」、「アイコンに擬態」、本ブログの「もし建築が「リボン」を付けたら――Architecture of Ribbon」注釈9の記事参照(「建築は空間に表現される時代の意志である。この単純な真理を明確に認識しない限り、新しい建築は気まぐれで不安定となり、当て所のない混沌から脱し得ない。建築の本質は決定的に重要な問題で、建築は全てそれが出現した時期と密接な関係があり、その時代環境の生活業務の中でのみ解明できることを理解しなければならず、例外の時代はなかった。」、ミース・ファン・デル・ローエ

*3:リンク先は「告白に全土が震撼!中央テレビ新社屋、実は「男女の性器」がモチーフ?―中国」(レコードチャイナ、2009年8月21日)です。続報の「<続報>中央テレビ新社屋は「男女の性器」ではない!=設計者が中国語で否定声明―中国紙」(レコードチャイナ、2009年8月28日)も参照

*4:本ブログの「シンガポールと日本の明暗を別けたもの」の記事参照(「(ネットでは有名な)気仙沼市の20年後の未来を描いたコラ(→画像)」

*5:20120909 #NHK スペシャル「シリーズ東日本大震災 追跡 復興予算 19兆円」」(トゥギャッター、2012年9月9日)によると、「復興予算は、必要としている被災地には充分に届いていない。津波で壊滅的な被害を受けた町の再建は進んでいない。商店主たち、支援を受けられず追い詰められている。医療現場では、病院や診療所に再建資金が届かず、被災者が思うような治療を受けられない。」(ほんのこ)との事です。本ブログの「救急搬送の都道府県別所要時間の謎」追記の記事参照(「国会閉会 決められぬ政治に地方いら立ち」(河北新報、2012年9月9日))